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help RSS 晩夏のペテルブルクでの歴史調査

<<   作成日時 : 2011/09/09 11:26   >>

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世界史学の青島です。ペテルブルクの調査から帰国しました。
エルミタージュ

夏のペテルブルクなんて涼しくて良さそう、と思うかもしれません。でも、19世紀のロシア文学で書かれる夏のペテルブルクは、蒸し暑くて埃っぽく、南方(クリミア半島とか)に避暑に行けなかった不運な人が、不機嫌そうに残っているところです。今回滞在したホテルは、その名もドストエフスキー・ホテル。部屋があった7階には、「バー・ラスコーリニコフ」(ドストエフスキーの小説『罪と罰』の主人公で、英雄は世のためなら人殺しをしても良い、という持論に基づいて、高利貸しの老婆を叩き殺す大学生の名前です)。10時まで明るい晩夏のペテルブルク、なんとなく少し沈鬱な気分で調査を始めました。
夜10時、夕暮れのネフスキー大通り
二週間は、ロシアで調査をするには、本当に短すぎる時間です。文書館と図書館を毎日ハシゴし、11時間資料を読んでは、疲れ果てて9時間寝るという繰り返しです。文書館では、注文を出してから資料が出てくるまでに3日かかります。図書館の複写部署は、10日で仕上げてくれ、というと、そんなに早くできるわけないだろう!と怒られます。今回は、文書館のコピーには年間の枚数制限があり、それを越すと、値段が1.5倍になるという不思議ルールが存在することが分かり、驚愕。こんな調子ですから、見られる資料はほんの少しです。二週間で、できる限りのことをしないと、という焦りと、ロシアン・システムとの衝突で、神経が磨り減る毎日です。
それでも、行かなければ手に入らない資料がたくさんあります。時間が短いので、こうだろう、という予測と計画を持って現地入りするのですが、思わぬ資料が見つかったり、今までの印象を覆す記述に出会ったりします。そのたびに、確信と見通しが揺らぎ、冷や汗が出て、「また一からやり直しなんだ」という不安に駆られます。このストレスは、できれば味わいたくないものなのですが、これこそが歴史を研究する醍醐味であるとも言えます。資料に接して、常識を見直してみる、信じていたことを考え直してみる、テーゼや原則を再考してみる、それこそが学問としての歴史の作業だと思います。「まてまて、そうじゃないのかも」が、歴史学の第一歩なのです。
というわけで、資料のためなら多少のことは耐える、というのが現地調査のルールです。しかし今回も、「こんなに古い本をたくさんコピーしようとして!この本の一枚でも破れたら、今後あんたには一冊もコピー許可は与えない!」と貴重書担当のおばさんに怒鳴られ、すっかり意気消沈しました。他の人だって、同じように古くて壊れそうな本をコピーしているのですが…。3時間ぐらいしょんぼりして、ま、仕方ないな、と立ち直る。それがロシア調査。
最終日、帰国が午後の便だったので、午前中、正教会とアルメニア教会にお参りに行き(正教会の典礼は本当に美しいのです)、久しぶりにロシア美術館で絵を見てきました。調査と関係なく歩けば、ペテルブルクの町は美しく、いまではすっかり資本主義化された観光都市です。「ティー・スプーン」だの「コーヒー・ハウス」だの、現地資本と思われるファースト・フード店が立ち並び、入ると、かわいいお嬢さんが「いらっしゃいませ!」と言ってはキビキビ働いてくれます。もう、世界のどの都市にいるのかも分からないくらい、既視感のある空間・時間が広がります。同時に、妙な疎外感にも同時に襲われ、なんとなく、日本人の私が本当にロシアのことを理解できるのだろうか、という変な寂しさも感じながら、ネフスキー大通りを歩いて帰路につきました。

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